口腔機能低下症
「噛める」「話せる」を当たり前にしないために

歯をはじめとする口腔は良好な機能を営めてこそ(健康)と定義することができます「最近、硬いものが食べにくくなった」「食事中にむせることが増えた」「滑舌が悪くなった気がする」——こうした変化を、単なる年齢のせいだと思って見過ごしていませんか。
実はこれらは、口腔機能低下症と呼ばれる、お口の働きが少しずつ衰えているサインかもしれません。皆様はこの言葉と意味をどれくらいご存じでしょうか。
今回は、この口腔機能低下症について、どうやって気づくことができるのか、歯科医院ではどんな検査を行うのか、そしてどのような訓練で改善していくのかを、できるだけわかりやすくお伝えします。
口腔機能低下症とは

口腔機能低下症とは、加齢や生活習慣の影響によって、噛む・飲み込む・話す・唾液を分泌するといった、お口が本来持っている複数の機能が同時に衰えていく状態のことです。
むし歯により歯の噛み合わせができない状態や歯周病によって歯の支持が十分でないのようなこととは違い、痛みや見た目の変化としてはっきり自覚しにくいのが特徴です。
「歯は残っているのに、うまく噛めない、うまく呑み込めない」「なんとなく食事の時間が長くなった」といった、ささいな違和感の積み重ねとして現れることが多く、本人も家族も気づかないまま進行してしまうケースが少なくありません。
近年、この口腔機能の衰えは、体全体の衰え、いわゆるフレイルと深く関わっていることがわかってきました。お口でしっかり噛んで食べられなくなると、栄養が偏り、筋力や体力が落ち、外出や人と会う機会も減っていきます。すると会話や表情を動かす機会も減り、さらに口腔機能が落ちるという悪循環に陥りやすくなります。つまり口腔機能低下症は、単に「お口だけの問題」ではなく、日常生活の質そのものに直結する問題なのです。
こうした背景から、国としても口腔機能低下症への対応を積極的に後押ししています。厚生労働省は口腔機能の管理を全身の健康づくりの一環として位置づけており、歯科医院での診断・管理は保険診療の対象にもなっています。「お口の健康を守ることが、結果として要介護状態を防ぐことにつながる」という考え方が、国レベルで広がってきているとご理解いただくとよいかと思います。
実際、要介護状態になる手前の段階で口腔機能の衰えが見られる方は多く、口の中だけを診るのではなく、食事や会話といった日常生活の様子まで含めてお口の状態を捉えることが重視されるようになってきました。だからこそ、歯科医院での定期的なチェックが、これまで以上に意味を持つようになっています。
口腔機能低下症は、どうしたら分かる?
口腔機能低下症は、自己判断だけで正確に把握するのは難しいものです。ただ、次のような変化に心当たりがある方は、一度歯科医院でのチェックをおすすめします。
- 食事中にむせやすくなった、飲み込みにくいと感じることがある
- 硬いものや繊維質のものを避けるようになった
- 口の中が乾きやすい、唾液が少ないと感じる
- 以前より滑舌が悪くなった、活舌が悪いと言われた
- 食事の時間が以前より長くなった
- 気づかないうちに口の中に食べ物が残っていることがある
- 薬が飲みにくくなった
- 食べこぼしをするようになった
- 滑舌が悪くなった
- 口の中や舌が汚れている
- 口臭がするようになった
これらは加齢による自然な変化と捉えられがちですが、実際には早めに対応することで進行を防いだり、機能を取り戻したりできることが多くあります。「年だから仕方ない」で片づけてしまう前に、専門的な検査を受けていただくことが何より大切です。
検査について
当医院では、口腔機能低下症の診断のために、いくつかの項目にわたる検査を行います。主な検査内容は次のとおりです。(2018年に口腔機能低下症の検査と管理が保険適応となりました)
口腔内の衛生状態の確認
舌や粘膜に汚れがたまっていないかを確認します。
口の乾燥度の検査
口腔乾燥、唾液の分泌状態を調べます。
噛む力(咬合力)の測定
専用のシートを噛んでいただき、噛む力を数値化します。
舌や唇の動きの検査
「パ・タ・カ」と発音していただき、動きの速さや正確さを確認します。
舌の力の測定
舌圧測定器を使い、舌が上あごを押す力を調べます。
咀嚼能力の検査
専用のグミなどを噛んでいただき、噛み砕く能力を評価します。
飲み込む力の確認
質問票などを用いて、嚥下(えんげ)機能の状態を確認します。
これらの項目のうち、一定数以上に該当すると口腔機能低下症と診断されます。数値として結果が見えるため、ご自身の状態を客観的に把握しやすく、その後の訓練の効果も比較しながら確認していけるのが特徴です。
どういう訓練をするか?

診断の結果、機能の低下が見られた項目については、それぞれに応じた訓練を行っていきます。
例えば噛む力が弱くなっている場合は、噛みごたえのある食品を意識的に取り入れたり、義歯や噛み合わせの調整を行ったりします。舌の力が落ちている場合には、舌を上あごに押しつける運動や、舌で頬を内側から押す、回す運動などを日々の習慣として続けていただきます。
滑舌の低下に対しては、「パ・タ・カ・ラ」体操のように、口を大きく動かしながら発音する練習が有効です。パ行は唇を、タ行は舌の前方を、カ行は舌の奥を、ラ行は舌全体をしっかり使う発音のため、繰り返し行うことで口周りの筋肉や舌の動きを総合的に鍛えることができます。
唾液の分泌が少ない方には、唾液腺を刺激するマッサージや、よく噛んで食べることを意識していただくこともあります。
大切なのは、これらの訓練は特別な時間を作らなくても、食事や会話といった日常生活の中に取り入れられるという点です。毎日の積み重ねが、噛む・話す・飲み込むという当たり前の動作を、これからも当たり前のまま保っていくことにつながります。
また、機能は回復してきた、あるいは良好であるが咀嚼効率が悪い場合、口腔機能精密検査として口腔内スキャナーによる咬合状態の精密検査を行い、その結果で義歯やインプラントの治療により咀嚼能率の回復を行います。
おわりに
口腔機能低下症は、放置すればフレイルへ、そして要介護状態へとつながっていく可能性がある一方で、早期に気づき、適切な訓練を続けることで、機能を維持・回復させられる可能性も十分にあります。
「最近、なんとなく噛みにくい」「むせることが増えた」——そう感じたときが、行動を始めるタイミングです。ご自身やご家族のお口の変化に気づいたら、まずは歯科医院にご相談ください。







